第2の職場!!念願の彼女ができる!(社会人編)

新しい職場は、働きやすかった。

 

仕事内容は自販機の管理。

 

130台くらいの自販機を担当して、トラックで周って

ジュースを補充する。

 

忙しいけど、無理なくできる作業が良かった。

 

周りの先輩も丁寧に仕事を教えてくれた。

 

そして年が一個下の同期も居た。

 

ちょうど僕と同じ時期に中途採用で入ってきた。

 

初めての同期だった。

 

うれしかった。

 

仕事の相談、グチなども言いあえるのが良かった。

 

最初の2か月くらいは先輩に同行してもらっていたが、次第に1人でルート

を任されるようになった。

 

作業は単純だけど、やることが多くあっという間に1日が終わってしまう。

 

土日は休みなので、しっかり休養もとれる。

 

給料も上がり、ボーナスももらえた。

 

年収では前職の倍近く増えた。

 

転職は成功したと思った。

 

彼女もできた。

 

きっかけは小学校の同窓会。

 

久しぶりに会った女友達から

 

「今度飲み会しよー」

 

と誘われて行った飲み会で出会った。

 

その子は全然しゃべらないおとなしい感じの子だったけど、

 

なぜかすごく気になった。

 

そして連絡先を交換し、何度かデートに誘った。

 

その子の持つおだやかな雰囲気を、

 

僕は好きになっていった。

 

告白した。

 

オッケーをもらえた。

 

たまらなく嬉しかった。

 

人生でこんなに人を好きになったことは初めてだった。

 

今も大好きだ。

 

そして、その人は今の僕の奥さんになった。

 

付き合って2年目の冬にプロポーズをした。

 

全てが順風満帆だったわけじゃない。

 

僕の未熟さで彼女を傷つけたこともあった。

 

すれちがうことも多々あった。

 

だけど、「好き」という気持ちは変わらなかった。

 

「好きな人」が、

 

「彼女」になり、

 

「家族」になった。

 

こんなに幸せなことは無い。

 

まだまだポンコツな自分のせいで、

 

迷惑をかけたり

 

怒らせてしまうことがあるけど、、

 

僕は大事な「家族」を守れるようになりたい。

 

これからも様々な障害があるだろう。。

 

その都度、逃げないで

 

真剣に向き合おう。

 

僕は自分で「幸せ」をつかみに行った。

 

だけど、僕の力では無い。

 

彼女のおかげだ。

 

こんな自分を選んでくれた彼女には感謝しかない。

 

あの子の笑顔のために、自分の命を燃やそう。

 

精いっぱい生きて、

 

「恩返し」

 

をしよう。

 

戦おう。

 

最高の人生にするために。。

 

 

 

 

 

 

負け犬決定!!幸せってなんだろう。。(社会人編)

 

社会人3年目。

 

満足な生活はできていなかった。

 

休みも少なく、給料も少ない。彼女もいない。

 

でも仕事を通じて、社会の常識や、礼儀、感覚、

 

人を思いやることの大事さは勉強できていた。

 

いかに今までの自分が自己中で周りが見えていなかったのかを、

痛感できた。

 

少しづつ社会人に慣れていた。

 

このころ、彼女が欲しくて色んな飲み会などに参加して

真剣に恋活をしていた。

 

知り合いの紹介や、恋活アプリ、街コン。。

 

婚活パーティーにも参加した。

 

「この人いいなぁ」

 

と思っても、ラインが続かなかったり、

 

2回目のデートがなかったり。

 

婚活パーティーに参加した時は、緊張した。

 

なにせ周りは結婚を考えている人たちがくるから。

 

半端な気持ちでは失礼だと思った。

 

初めて参加した時に、マッチングした女の子がいた。

 

僕は何度もデートに誘い、食事をし、本当に好きになっていた。

 

告白をした。

 

真剣に人を好きになって、自分から告白したのは初めてだった。

 

答えは、、

 

「あなたは良い人だけど、もう少し考えさせてほしい」

 

とのことだった。

 

それからも連絡は取ったりはしていたが、食事に行くことはなかった。

 

ある日、その人から電話があった。

 

滅多に無いその人からの電話。

 

電話越しにその人は泣いていた。。

 

「実は片思いしている人がいて、、どうしてもその彼のことが忘れられなくて。」

 

「数日前に連絡したら、実は両想いだったことがわかって。。」

 

「ごめんなさい。。」

 

「本当にごめんなさい。。」

 

とすごく泣いて謝っていた。

 

僕は今すぐに泣きたい気持ちをこらえて、

 

「あなたが幸せになってくれるならそれで僕は満足です。」

 

そう伝えて電話を切った。

 

僕は放心状態になった。

 

なんのやる気も起きなかった。

 

これが現実か、、と思うと泣けてきた。

 

ちょうど仕事でも散々失敗していた時で、

 

「ああ、クソだな。おれの人生は。。」

 

と余計に泣けてきた。

 

これからどうやって生きていこうか。。

 

もう何をしてもダメだ。

 

彼女もダメ、

 

仕事もダメ、

 

夢もダメ、

 

詰んだんだと思った。

 

翌日から、僕は自分を見つめ直すことにした。

 

何も無い自分をゼロから振り返った。

 

「なんで僕はこうなんだ。」

 

「何がいけないのか。」

 

「どんな風になりたいのか。」

 

それを必死に考えた。

 

自己啓発の本もたくさん読んだ。

 

そして人生を切り開くのは、やっぱり自分なんだ!!

 

ということに気づいた。

 

失敗の経験も必要。

 

今回の失敗は必ず糧になる。

 

でも糧にするのは自分なんだ。

 

そう思えるようになってから、僕は今の会社より条件の良い会社を探した。

 

安定がないと彼女も作りにくい。

 

自分の気持ちにも余裕が生まれない。

 

休みがしっかりとれて、給料の良い会社。

 

そして自分にできそうな仕事。

 

まずは環境から変えて、

 

もう一度真剣に「幸せ」をつかみに行こう。

 

じゃなきゃこのままでは何も変わらない。

 

これを大前提に新しい職探しを、会社では内緒で始めた。

 

転職エージェントという新しいサービスを利用した。

 

自販機の管理の仕事を提案された。

 

大手の会社だったし、条件も良かった。

 

僕は面接を受けることにした。

 

書類選考があって、名古屋の人事部で面接。

 

今まで大手の会社の面接は受けたことがなかったので新鮮だった。

 

すごく緊張もしたけど、少しワクワクもした。

 

とりあえず転職活動に慣れれば良いから、ゆっくり慌てずに探そう。

 

と思っていたら、まさか受かっていた。

 

ビックリした。

 

いきなり転職できてしまった。

 

うれしかったけど、今の会社には何て言おう。。

 

そのことが頭を埋め尽くした。

 

僕を2度も採用してくれた社長、

 

優しく迎え入れてくれた会社のみんな、

 

この人たちを裏切ることになる。

 

それでも前に進まないといけない。

 

自分で自分の「幸せ」をつかみに行くんだ。

 

周りは関係ない。

 

なかなか言えずにいたが、勇気を振り絞って社長に伝えた。

 

社長は

「いつかこんな日がくると思っていた。」

 

「君のことは信用しきれなかった」

 

「辞めてくれるのは結構だ。」

 

激怒していた。

 

それはそうだ。

 

僕が明らかに悪い。

 

色々世話になった人を裏切ったことになるんだから。

 

今思えば、もっと相談したり、

 

言い方の問題だったり、

 

上手くやれたはずだとも思うけど、

 

当時はそれができなかった。

 

それでも言えたことに、自分では納得していた。

 

これで、人生が進む。

 

人を傷つけてしまったけど、

 

今はこんなやり方しかできないけど、

 

これで良いんだ。。

 

そう自分に言い聞かせた。

 

そして僕は3年お世話になった会社を辞めて、

 

新しい転職先の会社で働くことになった。

 

それが現在も働いている会社になる。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢」と「金」!!現実ってキツイよな。。(社会人編)

 

22歳の夏。

 

世間はお盆休みの最中。

 

僕はまた、地元に戻ってきた。

 

夢破れて、

 

全て手放して、

 

帰ってきた。

 

大阪から帰ってくるまでの道中これからのことを考えた。

 

今まではお金がなくて、経験できなかったことがたくさんある。

 

社会人になって、お金を稼げば面白い経験もできるんじゃないか。

 

芸人だけが面白いわけじゃない。

 

世間には面白い人たちはたくさんいる。

 

芸人の延長戦上で、自分なりの「芸人」を築けばいいじゃないか。

 

そう思っていた。

 

そう。

 

僕はまだ「夢」にすがろうとしていた。。

 

実家にもどってきてすぐに、地元の小さな会社で働き始めた。

 

自分で見つけてきた仕事。

 

すぐに採用してもらえた。

 

ラッキーと思っていたが、社会はそんなに甘くなかった。

 

会社の人たちは優しかったし、

 

とても良い人たちだったが仕事には厳しかった。

 

顧客管理の営業の仕事だったが、当然僕はどんくさくて仕事が全然

できなかった。

 

気分が落ちると、

 

いつもお笑いをやっていたときの記憶がよみがえってくる。

 

あの時と状況は全然ちがうのに、

 

まだ自分の中から「芸人」を払拭することができていなかった。

 

ある日の晩。

 

父親と口論になった。

 

金のことで、父親とは揉めることが多かった。

 

仕事が上手く行っていなかった父親は、僕たち子どもからお金を借りる

ことが散々あった。

 

その話から自分がなかなか上手くいかないことを、正直にぶつけた。

 

「金のないオレから金を借りてあんたは返さないじゃないか。」

 

「何度もそのおかげで辛い思いをしているんだ。」

 

「芸人だってホントは辞めたくなかったんだ。」

 

感情を振り切って話していると、自然と涙が出てきた。

 

いつの間にかボロ泣きしていた。

 

自分が情けなかったからだ。

 

全てを賭けた芸人という夢。

 

叶わなかった夢。

 

その続きはクソみたいな生活。

 

夢も何もない。

 

金のために働き、

 

金に振り回される人生。

 

全てが情けなかった。

 

簡単に「芸人」という夢は諦められなかった。

 

その代わりの夢を見つけようとしたが、

 

「夢」っていうのはそう簡単に見つけられるものじゃない。

 

この現実があまりに辛かった。

 

僕は仕事を半年で辞めた。

 

そして体調を崩し、入院をした。

 

入院中は気楽だった。

 

看護師さんたちがすべて面倒を見てくれる。

 

何も考えないでよかった。

 

現実逃避をするにはもってこいだった。

 

2週間ほどで退院した。

 

退院した時に、僕は色々あきらめることが大事だと思った。

 

「夢」

 

「挑戦」

 

「勝利」

 

こんなことを考えてたら、また辛くなるだけ。

 

今は普通にすら生きていない。

 

まずは普通に生きることが大事なんじゃないか。

 

しっかりお金を稼いで、

まずは周りのみんなと同じくらいの生活ができること。

 

しっかり基盤を作ってから、

それからまた「夢」を探せばいい。

 

僕はまた前に居た会社に雇ってもらうようにお願いをした。

 

社長は器がでかい人だったから、

 

また僕を受け入れてくれた。

 

そして社会人としてもう一度、働きだした。

 

まっさらな気持ちでがむしゃらに働いた。

 

もう一度雇ってくれた会社に恩返しができるように必死に働いた。

 

必死に働くほど、

 

普段の生活に追われて、

 

クタクタの毎日だった。

 

しかし、僕はこれが正しい社会人としての姿だと受け入れていた。

 

面白くはない毎日。

 

ただ仕事をして、飯を食って、寝るだけの生活。

 

これを打破する気持ちは湧かなかったし、

 

その生活に慣れてしまっていた。

 

満足はしていなかった。

 

でも仕方ない。

 

そう納得していた。。

 

この会社に入って3年がたった。

 

3年目のその年、僕はまず彼女を作ろうと決めた。

 

真剣に恋愛に向き合ってこなかったツケとして、

 

全然彼女ができていなかった。

 

そう決めてから僕の人生は少しづつ動き出したのであった。。

 

 

全て崩れ落ちた!!相方に大喜利で負けて、完全に心が折れる!(松竹芸能編)

入学して3ヶ月が経ち、7月になった。

 

いつも通り学校に行くと、先生から

ダイナマイト関西っていう大喜利の大会があるけど、予選に参加してみない?」

と言われた。

 

もともとその大会は知っていたし、大喜利は好きだったから参加することにした。

 

相方も参加した。

 

予選と言っても会場でやるわけではなく、

公式ページでお題が発表されるので、解答をメールで送るというやり方。

 

そしてそのメールを運営スタッフが確認して、合否を決める。

 

合格したひとは大阪の会場で行われる「ダイナマイト関西」に

出場できるとのことだった。

 

大喜利には少し自信があった。

 

後日、公式ページでお題の発表があり、解答をメールで送った。

 

そして合否発表。

 

僕の名前は一覧には無かった。

 

相方の名前は一覧に載っていた。

 

僕は落ちて、相方が受かるという結果になった。

 

ショックだった。

 

自信のある大喜利で相方に負けて、

めちゃくちゃショックだった。

 

お笑いに対しての自信が無くなってしまった。

 

メンタルが弱っていた時にこの出来事が起きたので、

完全に心が折れてしまった。

 

「もう、芸人をやめよう。」

 

そう決心をした。

 

それからは早かった。

 

相方にコンビ解散を申し出て、

学校には退学の申し出をして、

8月には大阪のアパートを退去した。

 

相方には、

「大会がんばれよ!」

の一言も言わずに、逃げるようにして地元に帰った。

 

芸人をやりきった。というよりは気持ちが持たずに、

 

ボロボロの状態で帰ってきた。という方が正しい。

 

芸人をやめるとなった、この時期の記憶がほぼ無い。

 

それだけその時はキツかった。

 

死ぬほどキツかった。

 

だけど、今になって言いたい。

 

相方へ

 

「たくさん迷惑をかけてごめんなさい。」

 

「自己中でわがままでした。」

 

「漫才ができてホント楽しかったです。」

 

連絡先や芸人時代の写真等は、地元に戻ってきた時に全て消してしまったから

伝える手段が無い。

 

だけどいつか自分から会いに行って、

話しがしたい。

 

その時に堂々と話ができるように、

自分に恥じの無い生き方をしていきたい。

 

今はまだまだだけど、一生懸命生きて

 

「なりたい自分」になる。

 

お笑いだけが人生では無い。

 

また新しい出会いがある。

 

僕は挑戦者として人生に立ち向かうんだ。。

 

 

化け物級のオモロさ!!動物園かここは!?(松竹芸能編)

初めてのネタ見せ。

 

僕たちは一番安定しているネタを見せた。

 

先生からの評価もよかったし、同期の評価もよかった。

 

最初の1カ月くらいは大喜利の授業でも、先生に褒められたりして、

良いスタートがきれていた。

 

5月に入ると、少しずつコンテストが始まった。

 

コンテストが近くなると、先輩たちもネタを見てもらうために

僕たちの授業に混じって、ネタ見せをした。

 

その先輩方は、普段は舞台に立ってお客さんを相手に漫才やコントを

している人たちだった。

 

そんな先輩と混じって、ネタ見せをするのはすごく緊張した。

 

でも自分が漫才を披露するときは、意外にも落ち着いて出来ていたし、

上手くやれていると自信があった。

 

自分が漫才を披露すること自体は良かった。

 

問題は、その先輩たち。

 

僕たちの目の前で色んな先輩がネタを披露していく。

 

そのどれもが爆発的に面白くて、

 

発想力がえげつなかった。

 

みんな化け物かと思った。

 

キャラの濃い人たちばかりで、

 

オモロすぎてちょっと引いてしまった。

 

その時に自分と比べてしまった。

 

僕はなぜ上手く漫才を見せようとしていたのか。

 

今まで勉強して取り組んだ漫才の形を見せたかっただけなのか。

 

自分は面白さでは勝てないから、きれいな形にこだわってしまっていたのか。

 

色々考えた。。

 

目の前でなりふり構わずオモシロイと思うことを形にしている先輩たちを

見て、

 

「ダメだ。おれは。。」

 

と思ってしまった。

 

それからも新ネタを考えたり、コントをしてみたりもしたが、

全然力が入らなかった。

 

自分では良いネタができた!と思っても、面白さの部分で圧倒的に

負けてしまう。

 

やりながら、つらい。と感じてしまっていた。

 

相方にも相談をした。

 

「面白いネタが書けない。」

 

「君がネタを書いてくれないか。」

 

以前の僕なら絶対に言わなかっただろうが、

 

プライドとか全然どうでもよくなるくらい何ともならない状況だった。

 

相方は、

 

「おれはネタが書けない。」

 

「ネタを書けるのは才能だと思うし、頑張ってみてよ。」

 

そう言ってくれた。

 

その時は、

 

「よし。もう一度やってみるか」

 

と思えたけど、なんとか出来た新ネタもイマイチだった。

 

「あー。もうこれはアカンな」

 

「プロの芸人としてやってくのは無理かもしれんな」

 

そんなことを思い始めた。

 

メンタルがとても弱っていた。

 

そして僕が芸人という夢をあきらめることとなる出来事がおきた。

 

それは「ダイナマイト関西」がきっかけだった。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

稽古場での入学式!!そこはキャラ芸人の巣窟だった。(松竹芸能編)

オーディションに合格した僕たちは、晴れて松竹芸能のタレントスクールに

通うことになった。

 

入学初日。

 

夕方から説明会を兼ねた入学式が行われた。

 

会場は吉本みたいに大きな劇場でやるのではなく、

普段の稽古場だった。

 

人数も少なく、20人ほどしか入学者がいなかった。

 

松竹芸能というビッグネームなのに、こんなに人数が少ないことにビックリした。

 

時間になり、入学式が始まった。

 

挨拶や、注意事項、マナーなどを1通り聞いた。

 

そのあとに卒業までの1年間のスケジュールの説明があった。

 

このスクールを1年で卒業することができれば、松竹所属芸人になる。

 

しかし、吉本とちがうのは「留年」があること。

 

卒業するには社員さんに認めらないといけない。

 

それは面白さはもちろん、態度なども含まれる。

 

「留年」になると後から入ってきた後輩たちと授業をうけることになる。

 

実際、僕たちのクラスにも1人いた。

 

人数が少ない分、良質な芸人に育てようというのが松竹芸能

スタイルだった。

 

だけど、卒業できれば良い。

 

卒業さえできれば「芸人」として認められる。

 

僕はそんなことを思って、話しを聞いていた。

 

説明会も終わり、最後に自己紹介をすることになった。

 

名前を言って、なにか一言話す。

 

そこでボケる人もいたし、真面目に話す人もいた。

 

僕たちは少しボケを入れて、自己紹介をした。

 

ちょっとウケた。

 

しかし、周りの同期はキャラの濃い人が多かった。

 

とにかく濃かった。

 

マジックをする魔女。

 

コテコテの大阪弁の漫才師。

 

いきなりダンスをする太った女の子。

 

不登校の中学生。

 

童貞をカミングアウトする二十歳。

 

動物園状態だった。

 

でも見てて楽しかったし、

これからのこのメンバーと授業を受けるのがたのしみだなと思った。

 

自己紹介が終わり、その日は解散となった。

 

帰り道、相方に今日のことを話した。

 

「たしかにみんなキャラは濃いけど、俺たちだってやれるよ!」

 

「なんかやれそうな気がするんや。」

 

「負けへんぞー」

 

僕はやる気に満ちていた。

 

相方は少し疲れていた。

 

人見知りなところがあるから、ちょっと疲れたみたいだったけど

 

「そうやな。負けられへんな」

 

と言っていた。

 

そして僕たちは、まずネタ見せでしっかり結果を残すことを

目標にした。

 

しかし松竹芸能のネタ見せは、どエライ強烈だった。

 

その化け物級のおもしろさに僕はスゲーを通り越して、

ドン引きしてしまうほどだったのだ。。

 

 

 

 

 

 

 

松竹芸能タレントスクール入学!無事にオーディションに受かる。(松竹芸能編)

わろてんかの講座を終えて、僕たちはオーディション用にネタを

仕上げていた。

 

仕上がりも良く、舞台にも立てたことから自信もついていた。

 

松竹芸能タレントスクールのオーディション当日。

 

道頓堀にある松竹芸能専用の劇場「角座」に向かった。

 

劇場でオーディションをやらせてくれるのか、とワクワクしていた。

 

着いたら案内人がいて、劇場の前に停まっていたバスに案内された。

 

その中には、長机が置いてあり1人スタッフさんが座っていた。

 

荷物を置きスタッフさんから、今日の説明を受ける。

 

そしてそのままオーディションが始まった。

 

「おいおい、ここでやるのか?」

 

とビックリしたが、どうやらそのようで淡々と質問がはじまった。

 

なぜ松竹芸能を選んだんですか?

 

どんな芸人になりたいですか?

 

夢はありますか?

 

と質問をされたので、素直に答えた。

 

10分くらい質問を受けたところで、

 

「ネタはありますか?」

 

と聞かれたので、

 

「はい!」

 

と返事をして、

 

その狭い車内で漫才をした。

 

イメージとは全然違っていたけど、とにかく受かりたい気持ちで

全力で漫才をした。

 

スタッフさんは表情を変えずに居たけど、

しっかりこっちを見て聞いてくれていた。

 

そしてネタをやりきった。

 

するとスタッフさんが拍手をしてくれて、

 

「すごいね。ちゃんと漫才になってるね」

 

と言ってくれた。

 

「後日、合否の連絡をします。本日はありがとうございました。」

 

と言われ、そのバスを降りた。

 

僕たちは劇場を後にした。

 

「舞台じゃなかったね。」

 

「バスかい!」

 

とツッコんだ。

 

なんか笑えた。

 

オーディションは受かるかどうかは分からないけど、

しっかり準備をしてきたことが自信として自分の中にあったから、

結果を素直に受け入れようと思えていた。

 

後日、松竹から郵送で結果が送られてきた。

 

合格だった。

 

僕は嬉しくてすぐに相方に電話をした。

 

相方にも合格通知が来ていて、2人で喜んだ。

 

これから松竹での芸人生活が始まる。

 

漫才に素直に向き合っていけば、きっとなりたい自分になれる。

 

これからが「夢」の始まりなんだ。

 

そう期待を膨らましていた。

 

しかし、僕はお笑いの世界の厳しさをダイレクトに受けることとなる。

 

そして「夢」への終止符を打つこととなる。